築50年の県営住宅のアパートの八畳一間、朝4時。この物語は、高校生の沙智が難病の母を抱きかかえて立ち上がらせ、トイレに連れていくシーンから始まる。
現役大学院生の上村裕香さんによる初の単行本『救われてんじゃねえよ』。表題作「救われてんじゃねえよ」は、「女による女のためのR-18文学賞」で大賞を受賞。単行本には、続編となる「泣いてんじゃねえよ」「縋ってんじゃねえよ」も収録されている。
母の介護に追われ、周囲の同情に晒されながら生きる沙智の姿を描いた本作には、上村さんの実体験を踏まえた部分もあるという。
「ある時、母を立ち上がらせようとして一緒に倒れこんでしまって、2人で笑っちゃったんです。その笑いについて他人に話しても伝わらないことが多くて。でも、担当教員の先生やゼミの先輩に話したら、『それっておもろいやん』って言われて。同情で『辛かったね』って言われるより『お前そんなおもろい体験してんの?』って言われる方がうれしい、救われるときもある。その体験を書こうと考えてました」
介護という題材をノンフィクションやドキュメンタリーではなく小説で描いたことには理由がある。
「これはゼミの先生の体験談なんですけど、ドキュメンタリーの取材でヤクザの事務所に行ったと。そしたら、いかつい組長が赤ん坊を育てていて、組員に『お前さっさとミルク持ってこい!』って叫んで。面白いから頑張って撮影したけど、真っ先にカットされちゃった。こんなふうに、ドキュメンタリーでは削り取られてしまう現実を、小説では削らずにくっつけていける。ある種嘘なんだけど、嘘の方がよりリアルに伝えられることがあると思うんです」
とりわけ上村さんがこだわるのは「喜劇」だ。悲劇のすぐそばにある喜劇を描く。それは主人公・沙智にも生かされている。
「悲劇はすごく近い視点の物語ですけど、喜劇は視点を遠く、人間を肯定的に描いていける。沙智は単なる悲劇のヒロインではなくて、ドライな視点を持ってる子なんです。ちょっと遠くから見てて、世界を面白がってる子。そこを意識して書きました」
「救われてんじゃねえよ」では高校生の沙智が、続編では大学に進学して実家を離れ、東京のテレビ制作会社に勤めて忙しい日々を送る。介護の重責に飲み込まれた沙智が自分の人生を取り戻す物語でもある本作。家族の介護を行う若者、いわゆるヤングケアラーである彼女の生き様は一つの光だ。
「中村佑子さんのエッセイに『自分をヤングケアラーと言っていいのか』『他にもっと大変な人はいる』みたいに思ってしまう当事者心理が書かれていてすごく共感しました。でも、そう思う時点である程度困りごとがあったわけで。そんな人を掬い上げる。『救う』じゃなくて『掬う』ことができるのが小説なのかもしれないと思っています」
初めて小説を書いたのは小学4年生の国語の授業だという上村さん。以来、小説を書き続けてきた。
「今は依頼がある限り書きたいし、依頼がなくなっても思いついて書いてしまうと思う」
次の目標を尋ねると、「社会の中にある違和感を目ざとく見つけて喜劇を作りたい」と意気込み十分。
「最初に指さした人間が一番面白いと思うので(笑)。社会問題に切り込もうというより、自分の中に生じる違和感や怒りが上手く物語の中に表出したら面白くなる。そうして読者に面白いと思ってもらえる小説を淡々と書くことが目標です」
かみむらゆたか/2000年、佐賀県生まれ。京都芸術大学大学院在学中。「救われてんじゃねえよ」で第21回「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞。本書が初めての単行本。
