仕事をしていても「意識はふわふわ、身体は鉛」
まず、朝目が覚めても起き上がれない。休みの日などはそのままだるさに負けて夕方まで横になったままのこともある。
そうも言っていられない日は頑張って起き上がるのだが、食欲はないし、何よりつねにボーっとした状態に支配されている。
原稿を書いていても編集者と打ち合わせをしていても、意識がボーっとしている。
人と話しているときはちゃんと会話は成立しているし、相手にも失礼のない対応を取っている。なのに話した内容は話したそばから忘れていく。だからせっせとノートにメモを書いていく。最近やけにノートの減りが早いのだ。
いま感じている「意識がボー」は、徹夜した翌日に現れる「砂漠でジャンピングシューズを履いて、ラクダを連れて歩いているような感覚」に似た、ふわふわしたもの。
意識はふわふわしているのに体は鉛のように重く感じられるので、歩いているとふらふらする。
「ふわふわ」と「ふらふら」が融合すると「よろよろ」となって「いろいろ」と危ない。
わが家の前の道は狭い一方通行なのだが、比較的車通りが多い。背後から車が近付いてきたので道のわきによけて歩いていると、よろめいて車に接触しそうになる。だから最近は歩きながらよけるのではなく、完全に立ち止まって車を先に行かせるようにしている。
歩く速度も落ちている。歩いている僕を抜いて行く人はたくさんいるが、僕に抜かれる人は一人もいない。
なにしろ僕はラクダを連れて歩く身なので、急いでいない。
急いで歩けばよろけるか息切れを招いて座りこむことになってしまう。
「ラクダがいたら乗せてもらうのにな……」
などと考えながら四谷の町をよろよろ歩く医療ジャーナリストに未来はあるのだろうか……ないな。
この訴えを聞いた小路医師は、経口の抗がん剤を「イクスタンジ」から元の「ザイティガ」に戻す決断を下してくれた。
ちなみに今回の検査では。ヘモグロビンの値も9.2と、前回の10.3から1.1ポイントも落ちている。
そこでこちらからお願いして、2月7日の口腔外科受診のあとで輸血してもらうことになった。
薬を元に戻して輸血をしてもらえれば、かなり意識はハッキリするはずだ。
※長田昭二氏の本記事全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています。全文では、遺言状作成の進捗、ラジオ番組への出演とその余波、主要取引先「夕刊フジ」との長い付き合いなどについて語られています。
■連載「僕の前立腺がんレポート」
第1回「医療ジャーナリストのがん闘病記」
第2回「がん転移を告知されて一番大変なのは『誰に伝え、誰に隠すか』だった」
第3回「抗がん剤を『休薬』したら筆者の身体に何が起きたか?」
第6回「ホルモン治療の副作用で変化した「腋毛・乳房・陰部」のリアル」
第7回「恐い。吐き気は嫌だ……いよいよ始まった抗がん剤の『想定外の驚き』」
第8回「痛くも熱くもない〈放射線治療〉のリアル 照射台には僕の体の形に合わせて…」
第9回「手術、抗がん剤、放射線治療で年間医療費114万2725円! その結果、腫瘍マーカーは好転した」
第11回「『ひげが抜け、あとから眉毛とまつ毛が…』抗がん剤で失っていく“顔の毛”をどう補うか」
第18回「『余命半年』の宣告を受けた日、不思議なくらい精神状態は落ち着いていた」
第19回「余命宣告後に振り込まれた大金900万…生前給付金『リビングニーズ』とは何か?」
第21回「仕事をしても『意識はふわふわ、身体は鉛』…がん細胞は正月も手を緩めず、腫瘍マーカーは上昇し続けた」
